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  • 書籍発刊、Xデーを越えて…2022,6月@戻りつつある日常の京都から

    書籍発刊、Xデーを越えて…2022,6月@戻りつつある日常の京都から

    その日、のあとにも日々はあった。

    Xデーの想像のつかない日、がある。
    たとえば受験とか。ひたすら《その日》のために集中し、力を蓄える、ような。

    昨年末くらいから、さらに今年の3月あたりから。いよいよ「入稿日」が《その日(Xデー)》として迫り来る中、時間の流れかたがなんだか異様になった。
    めちゃめちゃ濃密な感じ。分厚くて、濃くて、ゲル状の水中をノンブレスで遠泳しているような。
    もともと文章のプロではない。
    何回も読み返して、どこまでやれば良いのか、もはややりすぎなのか、よくわからない。

    大量の修正原稿。写真は一部。

    けれど、つらい、というのとは少し違う(苦しさはたっぷりあったけど)〔*1〕。
    創造のおもしろみ。もう少し思い切って書くと幸福感、のようなものがある。
    Xデーが来ることがこわくもあったし、永遠にこないような感じもした。
    ちょっと、来てほしくないな(…このまま「その前の日々」でいたいな)、との感じもあった。(ヤバいやつ~)

    しかし、《その日》は来たのだ。
    さらに《その日》の次の日も、その次の日も。
    ほんで「発売日」を経て、今日にいたる〔*2〕。

    6月15日。発売日を迎えた。紙の手触りと重み。

    * * *

    《その日》までは、創作の日々だ。個性豊かな(過ぎる)人たちとチーム〔*3〕で臨んだ本書の制作の日々は、私の不慣れと勘違いからときどき脱線事故を起こしそうになりつつも(脱輪くらいはしたかもだが)めちゃめちゃおもしろく充実し、醍醐味があった。
    校了を境に、書籍は手を離れる。だれかに読まれるものとなる。

    私の「へたれイラスト」からも「価値」を見いだしていただき書籍に採用いただいた。

    圧倒的な質的不連続。日々の質が、がらりと変わる〔*4〕。
    校了前、私はこの「境界」を目の端で捉えながらも、あえて手元に集中し、見ないふりをして過ごした。(だってこわいもん。気にしてたら間に合わない状況でもあったしね。)

    この、日々の質の劇的な変化のせいだろうか、「校了ブルー」とでも呼ぶべき状況に陥る著者さんがいるという。
    、、、わかる。入り口見えてたもん。というか、ふくらはぎくらいまで入っていたかも(まあまあ入っとるやん!)。

    つくる日々が終わる。見られるこわさか?いや、それ以前のこわさだなあ。なんだろう、あの感覚〔*5〕。

    淵に足を取られることなく、《その日》のあとの日々がこうして回り始めたのは、新しい現場、新しい出会い〔*6〕の力が大きい。
    幸いにして(本当の本当にありがたいことに)出版を機に、いくつかの関連企画をご用意いただいてたり、お声がけいただいたりしている〔*7〕。
    企画って、やっぱり楽しい。
    つくることだもの。
    つくること(新たな企画)によって、つくること(書籍制作)の喪失を塗り替えていってるのかもしれない。
    そして日々の業務がある。日々の業務に戻れることもまたじんわり楽しく、賦活してくれる。

    校了は九州で迎えた。バタバタな旅程であったが、それのおかげで淵に落ちずにすんだのかも(大牟田市・歴木の魅惑的な住宅地を歩く)。

    * * *

    Xデーをまたぐ、不思議な感覚とこの経験を書き留めたくて久々にブログを書いた。
    書籍制作の日々を振り返るのは、またあらためて。
    編集・制作チームとのやりとりと、何より、真剣な実事業の取り組みの日々を書籍に載せることを、こころよくお許しいただいたすべての「現場のかたがた」とのコミュニケーションと。
    言葉にするのがもったいないほどの経験だったから。

     

    ■補足

    *1
    苦しさ:
    創作の苦しみは当然として、思いがけず物理的な苦しさを味わった。終盤、交錯する情報量と文字量の多さからか?編集・制作チームの連絡用スラックに書かれている文章の意味が取れなくなるという状況(症状?)に陥り、全文をGoogledocumentにコピペして読み取る、などしてしのいだ。(脳内処理の閾値を越えた、ある種のデバイスアレルギーか。摩訶不思議。)

    *2
    《その日》、「発売日」:
    「入稿日」を長らく目指すべきゴール地点(=Xデー)として見定めていた。しかし実際にはそこですべてが手離れするわけではなく、「校了日」まで何かと想像もしていなかった作業があった。入稿日までは覚悟をしていたが、それ以降の日々は峠の崖の向こうのように当時の私にはまるで見えていなかった。崖の向こうのエアポケットに「発売日」があった。

    *3
    チーム:
    出版社(BNN)から須鼻さん、村田さん。デザイン担当はsukkuの青松さん、上原さん。LINKから小野さん、由井、ときどき貴志さん。そしてハブとして井原さんにかしこくも八面六臂の活躍をいただいた。終始パラレルに複数のメンバーで進み(この人数はわりと少ないパターンらしい)、私は「動機はあれどまとまった時間を取りづらく技術と経験を持たない当事者」として専門家のみなさんと(書籍づくりという)プロジェクトに取り組み、当事者の悩みと幸福を味わった。別の機会にゆっくり振り返りたい。

    東京在住の井原さんとなぜか対面のローテクでページ割を考える@京都(京都在住疑惑が生まれた)

    *4
    質的不連続:
    書籍づくりは私にとって「特別なできごと」であった。その「異常な質の日々」が終わりを迎える。一方、プロジェクトのパートナーとなっていただいたそれぞれにプロフェッショナルのみなさんにとっては「いつもの日々」である。書籍づくりという「いつもの仕事」に責任と誇りをもって臨み、「当事者」であり初心者である私をプロの技で終始支えてくれた彼らの横顔は頼もしく、かっちょよかった。書籍づくりが「いつもの業務」って、(簡単ではないが)うらやましささえ感じるステキ業務である。

    *5
    それ以前のこわさ:
    たぶん、「著作者になる」というこわさだろう。単著を出すとなった時点で「当然の未来」であったわけだが、私はあえて見ないでいた。それよりは、とにかく書籍を創りたかったし(届けたいとの思いはもちろんある)、制作は楽しい。もうすぐ出版されるという現実が見えてきてあらためて身に迫ってきたのだ。芸大生時代、デザイン科の私のとなりで、すでに著作活動(制作活動・アーチスト活動)をしていた同級生たちの「剥き身のひりつく感覚」をようやく少しだけ知れた気がする。
    なお「校了以降は著者1人の単独航路」と思っていたが「ちがうよ、版元もいっしょだよ」と村田さん。そうか。ほっ。「版元」ってかっちょいい。

    発売日(6月15日)書店に行ったらホントにあった。SFのようだ。(購入して書店のカバーをかけてもらった。ブツの説得力)

    *6
    新しい出会い:
    奇しくも校了のタイミングで、デザイン学会の情報デザイン研究部会のみなさんに、新たなフィールドに連れ出していただいた。
    はじめての場所ではじめての人たちと、タスクゼロの状態で、自分が何に心が動くのか再確認することができた。
    大牟田の歴木地区と、柳川と。よかった、空っぽになったわけじゃなかった。

    自転車で巡った柳川で
    ワラスボに出会う

    *7
    関連企画:
    書籍出版のタイミングで3つのイベントがある。6/25(土)デザイン学会[情報デザイン研究部会presents]、7/1(金)成安造形大学[大草ゼミ生presents]、7/16(土)HCD-Net[広報社会化事業部presents]、いずれもオンライン参加可能、無料、要申し込み。
    ↓詳細は『動機のデザイン』公式HPへ
    https://douki-no-design.jp/

    出版から10日。油断はならないが「その日のあとの日々」に、健康に移行できつつあるのかも?


    ■参考ページ

    『動機のデザイン』のアイデアは2017年のXデザインフォーラムで初めて発表し、以来、ポスター発表や論文など、機会を求めて少しずつカタチにしてきた。
    本ブログでの記録はこちら。
    ↓
    □3つめのデザイン=「動機のデザイン」をとにかく投げてみた!話し。・・・20170924sun.@Xデザインフォーラム・千葉工大
    https://mlog.link-cd.jp/20171003-521.html

    □「動機のデザイン」さいしょの一歩。…20190918wed.成安造形大学 大草ゼミ合宿
    https://mlog.link-cd.jp/20190923-874.html

    □授賞式と安息日。HCD-net AWARD2019…20191129fri.~30sat.@東海大学高輪キャンパス
    https://mlog.link-cd.jp/20191201-936.html

    □アウォード一周年と月と勇者たち…20201127fri.~28sat.@HCD-net&感性商品研究部会
    https://mlog.link-cd.jp/20201224-1090.html

  • アウォード一周年と月と勇者たち…20201127fri.~28sat.@HCD-net&感性商品研究部会

    アウォード一周年と月と勇者たち…20201127fri.~28sat.@HCD-net&感性商品研究部会

    2020年11月27、28日。濃い2日間であった。

    11/27(金)、HCD-netフォーラム2020開催。
    テーマがまたヤバイ、「ニューノーマル ~誰も取り残さない未来へ~」(*1)である。
    いくつかの講演を経て、夕刻、「HCD-net AWARD2020」の発表と受賞者のプレゼンが始まる。

    ドキドキしながら一言一句漏らさぬよう、ZOOM画面にかじりつく。

    あらためてAWARDの理念を主催の方々より聴く。
    そうだ、こんな素敵なコンセプトなんだよ、HCD-net AWARD。
    そうだ、表彰状には1枚1枚、それぞれの内容の核心に迫るコメントがつけられてるんだよ、HCD-net AWARD。

    表彰状には丹念なコメントがありムネアツ。

    昨年の自分たちの姿が重なり、「なんと素敵な機会をいただいていたことか」とドキドキする。

    アウォードは、結果が優れている取組よりも、むしろ、知見(ナレッジ)を多くの人々に共有するという点に重きを置いている。

    特筆すべきは「アフターアウォード」である。
    受賞した知見を広め、育てようとの仕組みがある。

    私たちの場合も、早速、「HCDサロンで共有しましょう!」とHCD-net広報社会化 事業部のみなさん(*2)より、声をかけていただいた。

    * * *

    2019年のアウォードで最優秀賞をいただいたのが昨年の11月。
    10分をいただき、受賞アイデア「動機のデザインとプロセスモデル」のプレゼンを行った。

    フリーで話すと必ずはみ出る。10分に合わせてシナリオを用意した。(2019/11/29表彰式)

    受賞を受け、続く2020年1月に事例紹介の機会をいただいたものの、持ち時間の20分をまとめられず、散々なプレゼンに終わった。(*3)

    2020/01/14開催の「UXの実践と深淵 〜HCD事例発表会 + Future Experience(FX)フォーラム〜」では無残なプレゼンに。

    戻るやいなや「ダメです、ヤバイです!(涙目)」と、当時HCDサロンを企画中のご担当(Hさん)に泣きついた。
    状況を瞬時に察知して「では対話型でいきましょう!(キラリ)」と、さまざまに工夫を凝らした場、オンラインサロンをセットいただいたのが2020年7月である。(*4)
    運営に関わるみなさん総掛かり、実に鮮やかな連携プレイで「動機のデザインとプロセスモデル」のポテンシャルを引っ張り出していただいた。

    サロン当日、にわか仕立てのスタジオからオンライン中継(2020/07/17HCDサロン)

    * * *

    11月の2日間の話しに戻る。

    翌11/28(土)は日本感性工学会の感性商品研究部会の研究会(*5) 。
    お招きいただき、「動機のデザインとプロセスモデル」をご紹介させていただいた。

    50分を頂戴している。

    、、長いぞ。

    HCDサロンのように「よってたかって引き出してください」というわけにはいかない。
    自分で出さなきゃ。(←苦手なやつ、、。)

    なんとかギリギリまで準備して、「事前情報のない〈初めまして〉の方々に〈動機のデザインとプロセスモデル〉を1人語りでお伝えする、話しの道すじ」を用意した。
    初の試みである(*6)。

    1人語りで50分は初の試み。(2020/11/28感性商品研究部会)

    、、ある程度お伝えできたのではないか??

    一夜明け、いただいたご質問に「ああ返せばよかった」「こういう例もあった」 と反省がざくざく沸くものの、今年の1月の体たらくからすれば見違えたものである、、、と思いたい。

    ともあれ、やりきった。
    懇親会は人生初お茶屋、初「一力」さん。
    月がキレイでした。

    一力さんの灯りの上に、瓜二つな月

     

    * * *

    ■勇者のみなさんへ…アウォード一周年の夜に

    奇しくもアウォード受賞のちょうど一周年のタイミングにて、機会をいただきました感性商品研究部会のみなさんと、デザイナーとして「はじめての名刺」ともなる「動機のデザインとプロセスモデル」を可視化し発表する機会を頂戴しましたHCD-netのみなさんに、心より感謝申し上げます。

    中止されるイベントや勉強会も多い中、主催・運営のみなさんや、ご参加いただいた《勇者》たるみなさんへの感謝があらためて沸いてきます。
    ひとつひとつの開催にかかる判断は難しいですが、できる形を探して、ときに規模を縮小しても開くということは、「そのときならでは」、誰かのクリエイティブを刺激し鼓舞するのであるなあ、と身をもって体感いたしました。

    個人的にはオンラインの躓きから始まった2020年度でしたが、「それでも可能な場を創る」ことを実践されているみなさまに勇気をいただき(*7)、2021年はみなさまの背を追って私なりに提供していきたい、と思っています。

     

    ■補足
    *1「HCD-netフォーラム2020 ニューノーマル ~誰も取り残さない未来へ~」
    テーマがテーマだけに気になる講演目白押しでしたが、翌日の自分の発表資料の仕上げのため、出たり入ったりの参加となりました。
    オンライン交流会で何名かの懐かしい?方々とお話しできましたのがうれしかったです!画面越しながらほっとしました。

    *2「HCD-net広報社会化 事業部のみなさん」
    堀口さん、飯塚さん、尾崎さん、何度もオンラインmtgを開いていただき、その毎回が明るく楽しく、当日はびびりの私をフォローいただき、ありがとうございました、、、!共同研究者の小野さんと2人で、「なぜあの方々は我々が出し切れず四苦八苦している価値を即座に察知できるのか?」と幾度となく不思議がるほどでした。(魔法か?)

    何度もバージョンを重ねてつくっていただいた進行資料

    *3「散々なプレゼン」
    もともとのアイデアは20年以上の数十件の実践例をもとにしており、茫洋とした情報や記憶が区切りなく連なっている。限られた時間でどの部分に焦点を絞って話せばいいのか、どこが自分たちの特異点なのか、この時点で自覚が及ばずまとめきれないでいました。結果、焦点が定まらず自信のなさから惨憺たるプレゼンに。

    *4「『場(オンラインサロン)』をセットいただいたのが2020年7月」
    もともと2020年3月に《対面》にて開催予定であった。
    コロナの影響下で開催時期をずらし、《オンライン》開催となった。

    実のところ、2020年の春から夏にかけて、私は爆増したオンラインのコミュニケーションになじめず、体調を崩し躓いていました。(挫折と呼んでいいレベルでした。)
    苦手意識がどうしても出てくるオンラインである上、1月に1人語りのプレゼンで大失敗をしています。萎縮させずに、びびりの私から受賞アイデアの「よいところ(共有に足るナレッジ)」を引き出せるよう、事業部のみなさんが「対話相手をセットする」「ZOOM 操作は由井が一切しなくてヨシとする」などの、数々の工夫(デザイン)をしてくださいました。大きな知恵とエネルギーをかけていただき、「アフターアウォード」の恩恵をたくさん頂戴いたしました。有り難うございます!
    (ZOOMと平行してGoogledocumentを使うなどオンラインで対話を引き出す具体的なハックの数々は、後期から本格的に始まった大学の「オンライン授業」にめっちゃ使わせていただきました、、、!!)

    サロン当日の仕掛けのひとつ、グラレコは常葉大学OGの望月さん作。

    *5「日本感性工学会の感性商品研究部会の研究会」
    2019年春のHCD-net研究発表会でのポスター発表をご覧になった方から、「うちで話してみませんか」とお声がけいただきました。
    こちらもコロナの影響を受け、2度のリスケを経てようやくの、対面とオンラインの「ハイブリッド開催」でした。
    とみや織物さんの工房見学、一力さんでの懇親会と、今だからこそ一層有り難さの沁みる「リアルの場」をセットいただきましたこと、感謝申し上げます。

    絹糸の輝きと職人のみなさんが誇らしくお話しされる姿にじーん。@とみや織物工房

    *6「初の試み」
    アウォード受賞後、いくつか発表の機会を頂戴したが、いずれも主催者様と相談し、「ツールを並べる」「対話形式とする」などの工夫をいただいた。
    「PPTのみで1人語りする」という、シンプルかつスタンダードなスタイルは実は初めてであり、私たちにとってチャレンジであった。

    いただいた場のひとつ、2020/02/15の清泉女学院大学主催のトークイベント「リデザイン信州⽂化 〜⻑野の伝統⽂化をつなぐ〜」にて
    実物を大量に持ち込み、座談会形式でトークが自然にはかどる場でした

    *7「『それでも可能な場を創る』ことを実践されているみなさま」
    2020は数々の《勇者》のみなさまに刺激をいただき、ときに夜中でもZOOMを繋いでレスキューいただき(O先生)、自主的な勉強会や情報交換会にご参加いただき(Iさん&2人のMさん「ZOOM雑談会」が命綱でした)、助けていただきました。何より、そのひとつひとつがとても楽しかったです。
    とりわけ心に残る《勇者の一群》は成安造形大学3年の江藤さんと仲間たち。例年ある学祭が中止になったことを受け、「できることを」と、大学に22あるサークル全てに声をかけ、10月の毎週土・日に「オンラインリレーイベント:成安フェス」の開催へと導きました。1年生は上級生との出会いが少ない、上級生は新入生勧誘がなかなかできない、といった全世界共通の困りごとに対する愛と勇気(としか言いようがないじゃん)が感じられます。
    最終日(10/31)は「後夜祭会場」をWEB上(使用アプリ:MIRO)でつくってしまいました。、、、いや、マジ、めっちゃすごない?このページ。

    《勇者たち》の足跡、月が照らし出す成安フェスMIRO会場。YouTubeがこの画面のまま観られます。コメントも残せて、ライブ感&臨場感あります!

    フェス期間は終わっていますが、サイト(MIRO)はまだ公開されていますので、ぜひぜひご覧ください。
    ↓「成安フェス オンライン後夜祭MIRO会場」へはこちらから
    https://miro.com/app/board/o9J_kl0AL9w=/

  • 「ZOOM廃人」と身体空間…2020,4~6月@リモート講義の(見えない)現場から

    「ZOOM廃人」と身体空間…2020,4~6月@リモート講義の(見えない)現場から

    「ZOOM廃人」となってしまった。
    いや、こんな言葉は(おそらく)まだない。

    「ZOOM疲れ」という言葉(※1)は徐々に認知度を高めているようだ。
    しかし自分の体感としてはそんなかわいいものではない。
    40分ほどの「ZOOMによる配信授業」の録画撮影で、エネルギーを消耗しつくし、
    しばらく日常生活に戻れないほどとなり、自分でも驚いた。

    典型的に「ZOOM疲れ」が出るタイプであると(身をもって)悟った。

    慣らし運転する間もなく、短期間で爆発的な広がりを見せた「ビデオ会議」。
    次は「質」が変容していく番だろう。
    そのときには少し極端なサンプルが役に立つかもしれない。
    「ZOOM廃人」となった稀少な(?)自分の「内なる経験」を書き留めておく。

    * * *

    この春、大学の講義を「オンライン」で行うこととなった。
    ZOOMによる「録画配信」だ。

    100分授業のうちの40分が私の担当だ。

    あるプロジェクトの実践例をPPTスライドにて紹介する。
    今年で6年目となる授業であり、最新ニュースを加えるほかは、内容は大きく変わらない。
    「話し慣れたコンテンツ」のはずだった。

    ZOOMも、数年前から打ち合わせ時に(単純にビデオ通話機能のみだが)使っている。
    「なじみのあるツール」のはずだった。

    「オンライン授業」は初めてで不安だけど、恵まれた条件では?
    なんとかできる、自らを鼓舞して授業に臨んだ。

    まさか「ZOOM廃人」になろうとは

    * * *

    ところが、いざ録画が始まると、40分で収まらないのだ。
    話している間に、どんどん焦っていく。
    どこを話しているのか迷子になる。
    不安になって、同じページで同じ説明をくどくどしく重ねてしまう。

    実演している最中に「ああ、こういう状態になってるな」と気付いた。
    しかし時間は刻々と過ぎていき、話し始めたらやりきるしかない(※2)。
    このことがさらに焦りをもたらした。
    時間に追われながら一人語りが続く。

    体調面にも変調をきたす。
    動機、息切れが起こり、息継ぎのために言葉が途切れる。
    一種のパニック状態である。
    心理面でも相当なダメージを受けていることに、後々気付いた。
    (しばらくPCの前に座るのが怖かった。マジで。)

    なぜこんな状態になったのか?

    「ガマの油」状態。こうして「ZOOM廃人」ができあがった

     

    準備不足、なかでも「身体的な」準備不足が大きかったと今なら思う。
    「頭では」できるはずだった。
    しかし身体が無理だった。

    * * *
    ———
    ①リアクションを得られず、テンポがわからなくなる。

    ●ZOOM録画は、私を含め3名の教員で行った。
    私がPPTを紹介する40分間は、1人で話し切る。
    この間、PPT画面を「共有」している。
    私を含む3名の教員の「顔」は、私のノートPCの画面上では、4センチ角ほどの窓の中で表示されるのみである。

    ●運悪く逆光だったりすると、まっくらな顔がじっとこちらを見ている、ということはわかる。
    しかし、表情はわからず「反応」は読み取れない。

    ●結果、語りの強弱の付け方がわからず、説明をどこで切り上げていいかわからなくなっていた。
    ———
    ②操作がわからなくなる。

    ●ZOOMを2画面で操作したことも「初めて」の私にはマイナスに働いた。
    ノートPCの画面には「PPTの発表者画面①」を開き、接続した大型モニターには「PPTスライドショー②」を映した。
    ②は通常であれば、講義室のスクリーンに映し出されるものである。
    「場所〈空間上の位置〉」が明らかに違うので、操作画面か、プレゼン画面か、どっちがどっちか、認知の混同など起きようはずもない。

    いつもの作業机の上の、そっくりな画面が私を惑わす…

    ●ところが、今回のケースでは、(大学ではなく)いつもの自分の作業机で、
    見慣れ過ぎた「いつものモニター画面2つ」に「似て非なる表示」が展開される状況が続き、
    「絶えず内容について考えながら話している」私の脳にとって、同時平行処理の閾値を超えてしまったようだ。
    たびたび操作がわからなくなり、真っ白になった。

    ———
    ③心理的に消耗し落ち込む。

    ●何より自分が驚いたのは、ZOOM録画を経て、自分自身が消耗し、心理的に傷ついていたことだ。
    単純な「疲れ」とは異なる。
    傷つく?なんだ、この心理状態は?

    * * *

    後々考察してみて、こういうことだったのではないか、との「仮説」に至っている。

    リアクションが得られない(もしくは少ない)ことから、
    当然の、無意識のうちの対応として、「少ない情報源(4センチ角の窓)の中から、必死でセンシングして手がかりを得ようとする」ことでエネルギーを使い、へとへとに疲れた、というのが一点。

    もう一つ、無視できない要因として、「距離〈位置情報〉」があるのでは、と今では思っている。

    ノートPCの画面までの距離はせいぜい60cmである。
    ここに、「相手の顔」がある。
    もちろん、物理的に60cmの距離にいるわけではない。
    「頭では」重々わかっている。

    しかし、「身体」はごまかせない。

    私の目の焦点距離は、ずーーーっっと、60㎝で固定されているのだ。
    私の身体としては、60cm先の「人の顔」を見ているのだ。
    これに対し、40分かけて、切々と語りかけるのだが、思わしい反応を得られないのだ。
    この距離は「パーソナルスペース」である。
    この域内で熱弁しても、いっこうにコミュニケーションが成立しない事態を、
    「動物として」「人間として」、異常な状況である、と、身体が「危機認定」してしまったのではないか。

    さらに、ヘッドセットを使ったこともマイナスに働いた(※3)。
    相手の声は耳元から聞こえる。
    自分の声は、口元から5センチ先のマイクに焦点を合わせて語りかける。
    つまり、「さらに近い」のだ。

    視覚、聴覚、発声において、「身体」は、すべて60センチ以内の「緊密な」対象にフォーカスし、(実に熱心に)エネルギーを傾け、働きかけているのだ。
    にも関わらず、この「パーソナルスペース」内で、フィードバックが認知できないという、コミュニケーションの破綻が起き続けている。40分も、だ。

    これは現実には起こりえないとは、すぐにわかるだろう。

    * * *

    60cmの距離とは、心理的安全圏を完全に侵食している。
    ここでコミュニケーションのエラーが起こったなら、リアルであれば、自然の反応として、すみやかに距離を取るだろう。
    (例えば、60cmの近さで挨拶しても返事がなければ、ささっと離れるでしょう。)

    このZOOMによる「閉所恐怖」の経験を経て、慣れ親しんだ「リアルな講義室での対面講義」では、自分自身が何を行っていたかと思い知った。

    一つは、生身の人間を相手にセンシングし、そこから得た情報をフィードバックとして、コミュニケーションの基盤に活かしていた、ということ。

    もう一つは、講義室の物理的な広さ、距離、空間の座標認識に応じた身体の使い方と、
    身体経由で得られる「内側からの情報(自身の目の焦点距離の長さや身体の開き方など)」をも、
    コミュニケーションの重要な基盤にしていたのだ、ということだ。

    * * *

    この「仮説」をもとに、少しずつ手を打ち始めている(※4)。
    とりわけ後者の「距離」である。

    ZOOM使用時、ノートPC内蔵のものとは別個に、カメラとマイクを接続して、物理的な距離を広く取る作戦である。

    私の作業スペースでは、カメラとの距離(つまり目の焦点を合わせる距離)は、ぜいぜい1.2メートルくらいにしかならないのだが、
    それでも、60cmの息苦しい閉鎖空間とはかなり違う。

    自分の身体のセンサーをごまかすべく?工夫してみた

     

    カメラの向こう側にさらに距離を置いて「学生(受講生)」の写真を貼り、
    そこに意識を飛ばして話す、という人の例も聴いた。
    本当は立って話したい。たぶん、身体が「広さ」を「内側から」感知してくれるのではないか。

     

    実際はこんな感じ

     

    ビデオ会議はまだまだ進化するだろう。
    私のような「廃人」レベルの例は少ないかもしれないが、
    「身体が内側から感知する空間」と自然につきあう方法はないものか。

    VRの出番が待たれる。が、その前に、ローテクな解決策も試してみたい(※5)。

    私の場合、オンライン授業はまだまだこれから。まだ見ぬ受講生のみなさん、どうぞ知恵を貸してください、、!

     

    ■補足

    ※1:「ZOOM疲れ」
    ↓「ナショナルジオグラフィック」さんで詳細な記事がアップされています。(「ズーム疲れ」は脳に大きな負担、なぜ?)
    https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/042800264/
    記事の中で、リモート講義を終えた教授が「『昏倒』するように寝入ってしまった」とありますが、私はそれが数日続きました。(加えて、ある種の恐怖心も。)

    ※2:「話し始めたらやりきる」
    現実には、さまざまな制限に追われだれもが疲労困憊の中、お2人の先生方のでっかい愛情に支えられ、遅い時間まで粘り強く待っていただき、動画4本のうちの2本をリテイクしてどうにかこうにか間に合わせることができました。(ありがとうございました!!)
    私にとっても支えていただく先生方にとっても「初めて」であったことや、オンラインとリアルタイムの「あからさまな違い」には前もって予測ができたけれど、やってみて思い知らされる小さな違いが無数にあることが、数重なって(私の脳内処理の)システムダウンを引き起こしたのかしら、と。今もまだまだ、違いを経験中です。違いを活かしてつきあいたい。

    ※3:「ヘッドセットを使ったこともマイナスに」
    声(音量)が出せない、滑舌が悪いことへの対策から、受講生のみなさんにとって少しでも聞きやすく…とヘッドセットを使ってみましたが、思わぬ落とし穴がありました。
    耳が圧迫されたことも「閉所恐怖」感を高めてしまったのかと(後々になって)思います。
    ZOOMやPC、ヘッドセットのマイク音量設定をすべて「最大」にしても、地声の音量が足りず、聞きづらいんですよ…。複数人で話すと音量が揃わずなお聞き取りづらくなります。なんとかしてほしい~。

    ヘッドセット、音はめっちゃいい!今はもっぱら音楽視聴用に使ってます

    ※4:「少しずつ手を打ち始めて」
    リアクションの豊かな人(たとえば学生アシスタントなど)に「うなづき隊」としてZOOMの画面に登場してもらい、ペースメーカーになってもらう、など、みなさんいろいろ工夫されてるようです。(「うなづき隊」とは、HCD-netのHさんの工夫です)
    いいなー。ぜひお願いしたい。

    ※5:「ローテクな解決策も試して」
    身体性をビデオ会議に取り込めないか?これはUXであり、HCDの正しき出番だ…!

  • マルシェア大渋滞?…20191123sat.@成安造形大学 マルシェア薫

    マルシェア大渋滞?…20191123sat.@成安造形大学 マルシェア薫

    朝早めに行って、昼には帰ろう。

    、、、との目論見は、いともあっさり崩れ去った。

    今年で5年目となる「マルシェア(*1)」。
    会場に着くやいなや、ブースに釘付けになる。

    、、、というか、会場までの道案内(足跡)からして、心を掴まれる。

    動物たちの足あとに導かれて会場へ

    すべてがオーバースペック、オーバーストーリー。

    いやもちろん、「オーバーストーリー」なんて言葉は、ない。

    ひとつひとつの出店やグッズ、ワークショップの背景に、てんこもりのストーリーがある。

    、、、ありすぎる。

    琵琶湖まで一望。上天気!

    ヤバイ。

    ありすぎて、渋滞を起こしている。
    正直、出し切れていない。
    出店者の学生に話しかけると、「実はこれも昨日つくりました(テレ)」なんてエピソードがざくざく出てくる。
    うっかりしていたら気が付かない。

    たとえば、手作りアクセサリーがある。
    ビーズそのものから、レーザーカッターでオリジナルデザインで切り出している。

    たとえば、琵琶湖のカタチのカレーがある。
    びわこの形状(型抜きの型)は、3Dプリンターでつくっている。

    たとえば、炊き込みご飯がある。
    米から育てている。

    たとえば、泥だんごづくりワークショップがある。
    滋賀県各地からさまざまな色・質の泥を譲り受けてきている。

    たとえば、ティピ(テント)がある。
    流木をダムから拾ってきている。

    、、、万事がこの状態である。(鉄●ダッシュか!)

    米づくりからつくった炊き込みごはん。赤こんにゃくも入って、ぬかりない
    「びわこのカケラ」ワークショップ用の水槽。1日で?つくったという琵琶湖の形の水槽の大きさは1m50cmほど
    参加費50円のワークショップに、かわいい「泥だんごくんバッジ」がついてくる
    滋賀県各地の土をブレンドして、ぞくぞくと泥だんご増殖中

    この豊穣。この上天気。

    さらっと、「このにんにく育てました」とか、
    「赤こんにゃく入ってます!」とか言っちゃう。
    「ここに座ると琵琶湖見えます」とか言っちゃう。
    「これを機会に、琵琶湖に興味持ってもらえたら(ニコッ)」とか言っちゃう。
    「3Dプリンタのデータ、ダウンロードしたらお家でもつくれますよ!」とか言っちゃう。(いや持ってへんやろ、普通。)
    、、、てんこ盛りやろ!あふれとるやろ!

    流木でつくった四阿(あずまや)から琵琶湖

    * * *

    ストーリーが多すぎて、伝達が追いついてないかに見える、豊かな(過ぎる?)マルシェア。

    これは学生がプロデュースするが、学生のためだけのものではない。
    内外に開かれたイベントである。

    絶好のマルシェア日和、近くの家族連れがたくさん訪れていた。
    彼らにどれだけ伝わっただろう?

    「琵琶湖の型ヌキの型」の3Dデータまで載ったレシピ

    お昼(琵琶湖カレー、笑)を食べていると、興奮気味の、となりの家族連れの声が聞こえる。
    「泥を滋賀県各地で集めてきてるんだって!!」

    めっちゃ集まってたよ、ほんま

    、、、よかった。
    ちゃんと、「ただ楽しい」だけではなく、その底にある<何か>が伝わっているようだ。
    (「ただ楽しい」だけでも十二分に素敵であるが!)

    お地蔵さんに泥だんごがお供えされていく

    出店するのは学生だけではない。

    美味しい珈琲を煎れてくれたショップの店長とお話しする。
    京都からの出店、とのこと。
    「京都も手作り市ってたくさんありますよね。どんなところに出店されてますか」と聞いてみた。
    「ここだけです、2年めです。」と照れくさそうに店長。
    「うちのお店に来たことがある、という学生さんが誘ってくれて。こんなの(注:POP)もつくってくれました。芸大の学生さんはぜんぜん発想が違いますねえ!」と笑顔。

    店長は、売上のために出店したのではないだろう。(行楽シーズン、京都市内の手作り市のほうがもうかるのは間違いない。)
    ここでも<何か>が交わされているようだ。

    マルシェアにしか出店しない、と店長

    * * *

    かくて、予定時間を過ぎ、予定のおこづかいをオーバーし、
    今年もまた、たくさんの手作りフードを堪能し、手作りグッズをゲットした。
    今年もまた、「成安生スゲイ!」と舌を巻き、ホクホクと帰路についたのであった。

    右上のポットはミノリブが育てたにんにくの苗

     

    ■余談自らの感じるところ(*2)に導かれ、試行錯誤し、つくり、世に出す。

    これは、<何か>を世に出す際の、当たり前の、素直な道筋であろう。
    実社会ではしばしば、《出す》ところに重きが置かれ、《つくる》ところは、「《出す》ために必要充分なだけ」に留められているのではないか。、、、と思わされるシーンに出くわす。そのほうが無駄がないからだろうか?わずかな《つくる》に、あの手この手でテコ入れして、《出す》を最大化する(膨らます、水増しする?)技ばかりを極めているように見えるときがある。
    短期的にはなるほど「効率がよい」が、長期的にはどうだろうか。

    あるいは、忘れているのだろうか。
    泥だんごをつくるように、「役に立つかどうかはわからないけれど(たぶん立たないけど、笑)、なんか楽しいからつくる」とか。
    琵琶湖の岸のびんのかけらのように「なんかキレイだから拾ってみる」とか。
    流木を「なんかカッコイイからここに置いてみる」とか。

    感じられ、選ばれ、ティピになった流木たち

    《感じる》《つくる》がふんだんにあふれ、大渋滞を起こしている、造形大の休日、「マルシェア」の場。
    これは途轍もなく豊穣で愉快なことではないか、、、と、あらためて噛みしめた日であった。

    ■補足

    *1:“マルシェア”

    成安造形大学で開講される「プロジェクト演習科目」の一つとして開かれる、参加型のマルシェ。受講の学生がマルシェをプロデュースし、学生のみならず、滋賀県各地で実店舗を営む人や地域の人に出店してもらう。土台部分は授業であるが、それに収まらない自主的な活動や協力が随所に生まれる。
    今年(2019年)は5年め。初代の「マルシェア種」から「芽」「菜」「実」と続き、今年は「マルシェア薫」。私は1年め(2015年)の授業を担当させてもらった。5年経つのか~!(初代の前の、実験開催も含めると6回を重ねる。バウムクーヘンのよう。)

    初代マルシェアからの歴史(!)が展示されていた

    ▼ニコニコニュースでの記事(学生がプレスリリースしたのだろう)
    https://news.nicovideo.jp/watch/nw6108252

    *2:“感じるところ”

    今、個人的に「感じる」に注目している。
    出口に近い、「考える」「分析する」「判断する」に重きを置かれがちであるが、
    その前に、もっとあやふやな段階が相当なボリュームで存在しているように“感じる”。
    自覚以前の、漠然とした「感じる」が、さまざまな試行錯誤(実感・自覚)を経て、やがてくっきりとした「意図」へと育っていくのではないだろうか。
    実社会(特にビジネス)では、あやふやで「価値以前」とノーカウントにされがちな「感じる」は、さまざまなクリエイティブの、大切なゆりかごに違いない。耕すのだ。

  • 授賞式と安息日。HCD-net AWARD2019…20191129fri.~30sat.@東海大学高輪キャンパス

    授賞式と安息日。HCD-net AWARD2019…20191129fri.~30sat.@東海大学高輪キャンパス

    今朝も早起きしてしまった。
    お得なチケットにするため、東京に朝早い新幹線で行ったリズムが身体についてしまったことがある。
    が、それのみならず、脳がまだ興奮状態にある。

    一昨日(金)から昨日(土)と、東海大学高輪キャンパスで開催された「HCD-netフォーラム2019」(*1)に参加してきた。
    一夜明けて、日曜の京都である。

    * * *

    フォーラム全体のテーマは
    「Reiwanovation ~ 社会課題を解決する令和のイノベーション ~」
    である。

    晴れた空。大きなテーマ

    大きい。

    基調講演がそれぞれに個性的である。
    、、、と言うか、一見すると「バラバラ」に見えるかもしれない。
    しかし通して聴くと、底に、それぞれに「意味の問い返し」(*2)があることが見えてくる。

    福島先生、益田先生の講演が今の私にささる。
    両先生とも、ご自身の内なる「真実」に基づいて行動されている。
    強い。そしてやさしい。

    福島先生(*3)は、福祉を「福祉枠」で収めないよう、経済を伴うアート&デザインプロジェクトを立ち上げ、領域を越え始めている。
    益田先生(*4)はデザインやSDG’sの捉え方そのものを問い返している。

    「今の状態は続けてはいけない。持続できないのではなく、持続させてはいけない」と益田先生。
    (手元のメモなので厳密には言葉遣いは違うと思いますが。)

    この言葉にすうっと癒される感触を感じた。
    この感覚には覚えがある。

    Eテレ放送のジャレド・ダイアモンド博士の教室シリーズにて、ダイアモンド博士も同じスタンスで高校生たちに語りかける。
    それを受け留めた高校生たちは、むしろ活き活きし始める。
    ネガティブな要素をきちんと伝えた上で、かえって生命力のバネを瑞々しく発動させる、そんな伝え方が私にできるだろうか。

    * * *

    オープニングパネル、基調講演(4本!)と2つの表彰式を経て、1日めのプログラムのラストが「HCD-net AWARD 2019」(*5)の発表と授賞式である。

    私たちはアウォードにエントリーしていた。
    が、この瞬間まで、どの賞に入賞しているのか知らされてはいない。

    超・ドキドキである。
    (今思いかえしても、緊張で指が冷たくなってくる、笑。)

    候補作すべてが紹介される。私たちはエントリー7

    そして、本当に有り難いことに「最優秀賞」として呼び声がかかった。

    2人で壇上へ。プレゼンターは篠原理事長

    私たちの発表テーマは次のとおり。

    「当事者を主体者に変える、『動機のデザイン』とプロセスモデル
    小さな現場が自律し行動し続けるための、デザイナーの視点と働き」(*6)

    頭が白くなり原稿から目が上げられず。わずかな瞬間を水本さんが捉えてくれました

    * * *

    翌2日め、発表が終わったことで気持ちにゆとりができる(笑)。

    朝からすべてのプログラムに参加した。
    午後の「研究発表会」(*7)が、また楽しかった。

    「口頭発表」では、武蔵美の朝山さんの発表(*8)に引き込まれる。
    なんと、アリストテレス以来の「人間らしさ」の意味の問い返しである。
    経営者たち30名からのデータを集めている。

    「ポスター発表」は、千葉工大の岩井さんの「見守りシステム」(*9)がチャーミングであった。
    (近ければ、ブラッシュアップのディスカッションに参加したいくらいなんだけど~!)

    岩井さんのツール、「センサー」と「活動」をペアにして、カレンダーに並べていけるところが素晴らしい

    * * *

    2日間に渡るフォーラムのラストは、高校生(晃華学園高等学校)からの発表(*10)である。
    、、、なんと粋な、、、!

    前日に、益田先生が「SDG’s17項目の全てがデザイン領域である。行動しろ。」と言っていた。
    16才の彼女たちは、既にすべての項目を自分たちなりに読み解き、行動に移している。
    タブレット片手に、楽しそうに。

    * * *

    高校生の発表が終わり、「質問ありますか?」との時間帯に、咄嗟に手を挙げられなかった。(ダメじゃん!)
    彼女たちとて、取り組みの全てが楽しかったわけではあるまい。(それはそれで気色悪い、笑。)
    それでも、本当に楽しいと思う瞬間がたくさんあったろうことは充分に伝わってきた。

    帰りの新幹線で、ようやく浮かんだ。

    「楽しかったこと、ささやかでもいいから自分がそう感じることができた、秘訣みたいなことがあったら教えてください。」
    そう聴けばよかった。

    金・土の開催であったため、一夜明け、今日は日曜日。
    興奮の余韻を反芻しつつ、心から深呼吸する安息日である。

    明けて12月、空が抜ける安息日

     

    ■追加ご案内(20191225追記)
    2020年新年早々、この受賞式で発表しました内容を、ご紹介する機会が連続して訪れます。

    ★一つは成安の授業内ですので、成安関係者しかお聴きいただけませんが受講生以外もぜひ聴講ください。
    (1/6・月2限「コミュニティデザイン論2」、発表は11:45分頃から10分間を予定)

    ★もう一つは1/14・火、13時より島津製作所にて。詳細はこちらからどうぞ、、!
    UXの実践と深淵 ~HCD事例発表会 + Future Experience(FX)フォーラム~
    https://peatix.com/event/1391857/view?utm_campaign=follow-organizer&utm_medium=email&utm_source=event%3A1391857&kme=reco-clk&km_reco-str=PodMember

    ■補足
    *1:“HCD-netフォーラム2019”
    https://www.hcdnet.org/hcd/event/entry-1359.html#prettyPhoto

    *2:「意味の問い返し」
    基調講演の1本目は本條先生による「意味のイノベーションと消費文化」。
    2日間の旅のナビとして、まんまと(?)はめられました、笑。

    基調講演①:本條 晴一郎(ほんじょう せいいちろう)氏/静岡大学学術院工学領域
    『講演タイトル:意味のイノベーションと消費文化』

    *3:“福島先生”
    基調講演②:福島 治(ふくしま おさむ)氏/グラフィックデザイナー、(株)フクフクプラス 取締役
    『講演タイトル:世の中に無いサービスをデザインして、障がい者の収入をつくる』

    ほんまに実行してはった。収入が生まれる仕組みをデザインしてはった。

    *4:“益田先生”
    基調講演④:益田 文和(ますだ ふみかず)氏/デザインコンサルタント、(株)オープンハウス代表取締役
    『講演タイトル:Inclusivity and SDGs』

    教え子たちがセルフビルドした、文字通りの「オープンハウス」を拠点に活動されている。驚。

    *5:「HCD-net AWARD 2019」
    会として、今年よりアワードの意味を問い返し、新たな審査方法を導入し、姿勢を示している、とのこと。
    表彰の際も、5組の受賞者一つひとつに対して、芯を捉えた分厚いコメントとともに紹介いただき、熱い意気が伝わってきました。じーん。

    ↓HCD-net AWARD 受賞作発表
    https://www.hcdnet.org/practice/award/4th_award/entry-1410.html
    ↓HCD-net AWARD エントリー作一覧
    https://www.hcdnet.org/practice/news/hcd-1356.html

    *6:
    「当事者を主体者に変える、『動機のデザイン』とプロセスモデル
    小さな現場が自律し行動し続けるための、デザイナーの視点と働き」
    ○由井真波(リンク・コミュニティデザイン研究所、成安造形大学)
    小野文子(リンク・コミュニティデザイン研究所)

    「動機のデザインとプロセスモデル」は、実際のプロジェクト遂行時における、
    デザイナーとしての一連の試行錯誤のエッセンスを構造化してみた集大成、、、
    と言うにはまだ早いので、一里塚、となるようなものと思っています。

    今回は、島根県の「和菓子屋さん」のケーススタディに加えて、
    ある「本屋さん」と「帽子工房」にもご協力いただき、事例として紹介させていただきました。
    この3件の方々に加えまして、何十例(数え方によっては百何十例)の現場にて、
    そこで奮闘するみなさまに機会をいただきましたおかげにて、だんだんと生まれてきましたアイデアです。
    心より感謝申し上げます。

    関連ブログ↓
    https://mlog.link-cd.jp/20190923-874.html

    *7:「2019年度冬季HCD研究発表会」
    https://www.hcdnet.org/research/event/entry-1397.html

    *8:
    「顧客体験の創出を目指した企業経営における経営者に求められる要素と”ヒューマンシップ”尺度の策定」
    ○朝山絵美氏(武蔵野美術大学)
    山崎和彦氏(武蔵野美術大学)

    「人間らしさ」に切り込んでいく、カッコイイ発表でした!
    多領域を横断した(であろう)発想にわくわくしました。

    *9:
    「高齢者を対象とした見守り活動を地域住民が主体で計画を立案するツールの制作」
    ○岩井一真氏(千葉工業大学大学院)
    安藤昌也氏(千葉工業大学)
    別府拓也氏(千葉工業大学)

    岩井さん自身の研究・実験を踏まえ発展していっている、とのこと。骨組みがとても魅力的でした。次の展開も楽しみ~!

    *「ポスター発表」ほかにも:
    芝浦工大の片倉さんのToDoアプリもおもしろかった!
    一度書き込んだ「ToDo」をそのまま●●に使うという、、、確かに!紙の上ではやっています~!

    「新入社員をターゲットにしたToDoアプリケーションの提案」
    ○片倉敦也氏(芝浦工業大学)
    吉武良治氏(芝浦工業大学)

    *10:“高校生からの発表”
    スペシャルセッション
    ■テーマ・タイトル:15歳が世界に向けて発信するSDGs
    ■登壇者プロフィール
    晃華学園中学校・高等学校
    校内コンテスト最優秀チーム「Green Eyes」制作メンバー
    JICA特別賞受賞チーム「GALAXY」制作メンバー
    https://www.hcdnet.org/hcd/event/entry-1359.html#link_special2

    2日間の知的な旅を振り返らせてくれるに余りある発表でした、、、!

    交流会にて小野さんと。多くの方とお話しできてうれしかったです、ありがとうございました、、、!
  • 「動機のデザイン」さいしょの一歩。…20190918wed.成安造形大学 大草ゼミ合宿

    「動機のデザイン」さいしょの一歩。…20190918wed.成安造形大学 大草ゼミ合宿

    願っていたことが起きてしまった、、、!

    9月18日、大草ゼミの合宿(*1)でのことである。

    *  *  *

    「動機のデザイン」の着想を、輪郭のぼやけたひな形ながら、Xデザインフォーラム(*2)でお披露目してから2年。

    シンプルにしないと伝わらない。
    使ってもらえない。

    遠くまで届く形にしたい、と、ぐぐぐ、とバージョンアップを試みた、2019年上半期。

    HCD-Netフォーラム。芝浦工大で開かれた。

    まず6月1日開催のHCD研究発表会(*3)にエントリーしてみた。
    これを「締め切り」として、無理矢理に自分にアウトプットを課した。
    こうでもしなきゃ、「自分クライアント」の仕事なんて前に進まない。

    そこで初めて、「KKDモデル」という<姿>に変換してみた。

    【KKDモデル】 カタチ・価値・動機の3視点からなるデザインモデル (図は微調整を経たHI版から)

    ここまでシンプルにして良いものか、と迷いもあった。
    シンプルにすると、飲み込みやすいが、落ちるニュアンスもある。
    悩んだが、まず「伝わること」を選んだ。
    にじみやニュアンス、但し書きは、大きな概念を受け取ってもらった上で、2番目に伝えられたら良し、とした。

    受け取った人が、すぐ覚えられて、アレンジしやすいことを目指した。
    、、、というか、「そうなったらいいな」と、はかなくも願いながら、シンプルなモデル図にしてみた。

    HCDポスター発表。関心ごとが重なる場で、熱心に観ていただく。
    2019、リスタートの機会となったHCD。

    *  *  *

    HCDフォーラムではポスター発表に先駆け、予稿(HCD版)を書いた。
    読んでも「動機のデザイン」がなんなのかわからないとの指摘を受け(イタタ)、それとともにいただいたさまざまなアドバイスに背中を押され、9月4日のHI学会シンポジウム(*4)の対話発表ポスター部門にエントリー。
    HI版の予稿ではもう一歩踏み込み、<言葉>にしてみた。

    HI学会、対話発表。次々と問答が始まる。

    *  *  *

    モデル図であれ言葉であれ、人に伝わるほどに表せたか。、、、かどうかは依然として心もとない。
    まだまだ足りない、至らないことが続々と見つかる。発展途上である。
    けれど2つの機会を得て、自分の経験や考えを、かつてない鮮やかさで「自分で」確認できるほどには、くっきりとしてきたのでは、と思う。

    そして、このタイミングで、大草ゼミの合宿に呼んでいただいた。9月18日である。

    ゼミ合宿の会場、路地の奥の町家「オトナリラボ」。

    *  *  *

    ゼミ生7名に加え、会場の「オトナリラボ」(*5)主宰の芳野尚子氏、成安造形大学 地域連携推進センター(愛称:ちれん)のスタッフ2名に大草先生、11名の前で話す。、、、というか、物理的には、ワイワイと「中にまみれて」話す。

    写真や資料にまみれてワイワイ話す。

    事例を4件、急ぎ足で話したものも含めれば6件を、写真や実物資料とともに紹介。さらに、これら現場の経験の上に導き出した「動機のデザイン」の概念と、これを抽象化し図化した「KKDモデル」を披露した。

    HI学会のポスターを使ってデザイン談義。他の事例も加え、ボリュームたっぷりなトークに。

    みなさん、どのように受けとめてくれたのだろう?

    クロージングで寄せられた感想。沁みる。

    *  *  *

    後日、ちれんのスタッフ(*6)が当日のレクチャー中に描いた、というグラレコの画像を送ってくれた。

    、、、ヤバイ。

    ヤバイ。すっかり身体を通過したレコーディング。(by 山本友輔氏)

    、、、使われている。
    KKDモデル図である。

    単に「聞いた話しを書き留めた」のでは、全くもって、ない。
    レクチャーを聴きながらリアルタイムで、彼は、自分自身の立場や、自分がプロジェクトをともにするメンバーを、モデルに投影し、彼がこれから起こしたい、彼オリジナルの<変化>を書き表していたのだ。

    アカン。ヤバイ。

    モデルの成立条件は、他者に使われることだ(*7)。
    単になぞる、のではなく、自分ではない誰かの身体を通過した上で、使われる―つまり新たに生み出されることだ。

    、、、どうしよう。

    この一歩は人類にとっては小さいが、「動機のデザイン」にとっては大きな一歩である。

     

    ■補足*1:“大草ゼミの合宿”
    成安造形大学メディアデザイン領域(現 情報デザイン領域)、大草ゼミの4年生とともに。
    主宰の大草真弓先生には、常日頃私の未開の価値を探し出してもらい、カタチにするまでの動機づけをおこなってもらっている。
    今回もまた絶好の機会をつくっていただいた。(本記事に使用の写真も大草先生撮影によるもの多数。)

    *2:“Xデザインフォーラム”
    2017年9月24日開催。@千葉工大。この発表に向けて、「カタチ」「価値」に並ぶ3つめのデザインの焦点「動機のデザイン」を強く自覚した。ブログはこちら。
    https://mlog.link-cd.jp/20171003-521.html

    *3:“HCD研究発表会”
    2019年6月1日開催@芝浦工大。主催は人間中心設計推進機構。
    発表の形態は「ポスター」であるが、「予稿」を書くことが主たる目的であった。この予稿執筆に苦しむ中で「KKDモデル図」が出てきた。
    フォーラムでは「ポスター発表優秀賞」をいただき、「HI学会の発表者の受け付けしてるよ、出してみなよ!」と多くの人に背中を押していただき、HIへのエントリーを決めた。

    ポスター優秀賞をいただいた。

    *4:“HI学会シンポジウム”
    2019年9月2~5日開催@同志社大学。主催はヒューマンインタフェース学会。
    HCDで表しきれなかったことを、HI版(特に予稿の論文)ではもう一歩踏み込んだ。
    会場では東京から駆けつけたIkuko Nakajimaさんはじめ、多くの新鮮な反応と貴重なフィードバックを得た。(Nakajimaさんからはモデルの分析を伴う驚異のメモをもとに、即時にマンツーマンでフィードバックをいただいた。感謝。泣。)

    *5:“オトナリラボ”
    主催の芳野尚子氏は学生時代、小社でアルバイトスタッフながら闊達な活躍でいろんなことを「なんとか」してくれていた。
    そしてこの日、私の前に発表された彼女の取り組み―、自分自身の課題意識や、幅広い領域に及ぶ力を使って柔軟に取り組む彼女の動きこそ、「動機のデザイン」のリアルで瑞々しい事例であった。ムネアツ。

    ▼「こどもとはたらく オトナリラボ」
    http://www.ovalplan.co.jp/otonari-labo/index.html

    *6:“ちれんのスタッフ”
    グラレコ(グラフィックレコーディング)を描いたのは、ちれん職員であり、アーティストであり、デザイナーである山本友輔氏。
    自身が日頃、当事者たるアーティストをサポートし、一方で当事者の立場を味わっているゆえか、両方の視座から、完全に「自分のもの」としてモデルの図と概念を「使って」くれている。
    参加のもう一人、寺井氏からも後日、自身の活動を重ねた分厚いメールを頂戴した。
    「動機のデザイン」と「KKDモデル」、2名が「使って」くれている。泣。

    *7:“モデルの成立条件は、他者に使われることだ”
    これは、2019年3月に明治大学 渡邊恵太先生による「PDUデザイン」モデルがよってたかって(?)使われている場に遭遇し、電撃的に思ったことである。
    ブログはこちら。
    https://mlog.link-cd.jp/20190309-821.html

    ■お知らせ…「動機のデザイン」アウォード 挑戦中!・ただいま「HCD-Net AWRRD 2019」にエントリーしています!一次審査を通過した14件が、以下のサイトで公開されています。最終審査の前に、一般に広くご覧いただこうというもの。投票はできませんが「応援できる」、とのことです(笑)。2019年9月30日まで。ぜひご覧ください、、、!

    ▼エントリーNo.10 「当事者を主体者に変える、『動機のデザイン』とプロセスモデル」
    ~小さな現場が自律し行動し続けるための、デザイナーの視点と働き~
    https://www.hcdnet.org/practice/news/hcd-1356.html

    ★追記@20191201★
    その後、「HCD-Net AWRRD 2019」、なんと「最優秀賞」をいただきました、、、!ご覧いただいていたみなさま、本当の本当にありがとうございました、、、!(ブログにまとめました)
    https://mlog.link-cd.jp/20191201-936.html

  • 概念が生まれる日。 …20190308fri.@「#PDUデザイン」明治大学 渡邊恵太lab.

    概念が生まれる日。 …20190308fri.@「#PDUデザイン」明治大学 渡邊恵太lab.

    「PDUデザイン」。
    先週(3/2・土)初めて聞いた概念。(*1)
    思い立ち、明治大学中野キャンパスに行ってみた、、、ら、あれ?行けちゃったぞ?(すごいな、新幹線!)

    ピカピカすぎる富士山

    *  *  *

    タイトルは「さよならメインストリーム」

    ピカピカの中野キャンパス。
    又聞きで知った概念が、「直接」になった。すると、「芯」が見え、「体温」が伝わってくる。
    行ってみると試行錯誤中の概念、ほやほやのプロトタイプがあった。多くの人から、「こねられる」ことをキラキラと〈オープンに〉待っていた。

    そんな「こね中」ながら、話しの枠組み・視点として、あっという間に、よってたかって多様な背景の登壇者・参加者から、すっかり「普通に」使われているところがとても面白い。浸透力ある~各人に響くところある、あるあるで思いあたる~言葉(概念・図解)であったことの証である。

    日ごろ噛み合わせるだけで一苦労する有象無象を、対話するための言葉(ツール)として優秀、ということではないだろうか?(それ、語りたかった!という人たちをこれだけ惹きつけ、また、係る話題を照らし出したのである。引力。)

    実際 どんどんアップされていく

    セッション1に登壇のお二人(*3)は、むしろディベロッパー(D)とユーザー(U)を分けていない、との姿勢。
    、、、おおいに共感。PDUを一気通貫とする「自分中心設計」との言葉は痛快であった(*4)。

    だからといって、「PDUデザイン」という言葉・概念の価値が減じるものではないだろう。話者のスタンスを、その言葉を用いて、より以上に浮き彫りにすることができたのだから。
    言葉の役割、面目躍如である。(*5)

    言葉?いや、もう一つ大きな言葉、「モデル」だ。
    言葉、概念、概念図。「PDUデザイン」には「モデル」に不可欠な3要素が揃っている。しかもシンプル。強い。

    3要素がそろい踏みの「PDUモデル」

    *  *  *

    お話し(フォーラム、セッション)を聞くつもりで行った。

    特筆すべきは渡邉ゼミ生の展示である。やすやすと「PDUデザイン」の概念を用い、ゼミ生たちが自身の研究・プロジェクトを「乗っけて」いる。
    すべてが「インターネット中心」として、大小のテクノロジーにより血肉を与えられ、姿を伴い生き生きと「動き」を披露していた。オトナが逡巡してる間に、こうして新しい「普通」が生まれるのかもしれない。
    ゼミ生のホスピタリティあふれる熱いプレゼンにもみくちゃに?されながら、新しい概念が生まれる瞬間を見た思いがする。いいなあ。明大生。(*6)

    展示ブースではゼミ生にもみくちゃ?(笑)にされる。ちょっとない経験。

    ひとつひとつの展示ブースでの実践。
    プロトタイプながら、学生一人ひとりにいったん取り込まれ、咀嚼され、「身体を通した」形で少しずつバリエーションを伴って顕れているのである。、、、そうか。概念は、他者の身体を通過し、変容することで命を得るのだ。

    グラレコがVRになりつつある

    フォーラムと展示。アタマとカラダ。リアルとオンライン。複数の異なる人々による同時多発の咀嚼と発展。
    ゼミ、というアカデミックな場が持つコミュニティの力って、こういうことかもしれない。
    そう言えば、「PDUモデル」をP、学生をDとしたエコシステム…、って誰かが言ってたっけ?

    来てみるもんだね~!東京。(*7)

    とてつもなく好天気の一日が暮れる(明治大学中野キャンパス5階から)

     

    ■補足

    *1:
    1週間前、大阪でのXデザイン学校公開講座で聴いた。ブログはこちら。
    https://mlog.link-cd.jp/20190305-791.html

    *2:
    明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 渡邊恵太研究室 プロトタイプ展2019併催イベント
    「さよならメインストリーム〜解なきダイバーシティ時代におけるデベロッパー中心で切り開くエコシステム
    解のない超多様なニーズ時代のサービスデザイン論」

    なんだか少し文学的な香りのタイトルからして気になるワードの目白押し。
    あらためて、D(デベロッパー)をエンパワメントすることに主眼があるのだ、と反芻。
    「PDUデザイン」の基本的な概念・モデル図もこちらでご覧ください。
    http://keita-lab.jp/pdu-design/

    *3:
    深津貴之氏(ピースオブケイクCXO)
    洛西一周氏(Nota Inc. CEO)

    *4:
    洛西氏による。20名ほどのNotaのみなさんは「自分中心」の軸足を外さない、ということを大切にされている。
    おおいに共感する。

    自分中心。最強である。(洛西氏のスケッチ)

    *5:
    実際、私もPDUモデル図の「ピラミッド型」に違和感を覚えた1人である。
    同様の人は少なくなかったようで、すでに講演中から、リアタイにて「#PDUデザイン」としていろんな意見・対案がオンラインにあげられていた。
    なかに「PDUピラミッド」に代わり、「PDUトリニティ」というモデルが図解入りであがっており、興味深い~。

    渡邊先生もすでにリアタイでこれらのオンラインの動きをキャッチアップされていた。(リアルの進行してたやん!いつの間に??)
    実は「この場」であーだこーだ揉もう、とホワイトボードでスタンバってはったという。
    なんだ?この場。楽しいな!

    どんどん「この場」で書いたり壊したりしていこう、と思っていたとのこと。(渡邊先生による)

    ぜひツイッターにて「#PDUデザイン」をサーチしてほしい。

    *6:
    展示テーマは「インターネット中心設計 インターネット前提のインタラクションデザイン」。

    一歩足を踏み入れようものなら、ゼミのみなさんに、よってたかってプレゼンされ、デモンストレーションされるのだ(笑)。
    「PDUパネルご覧になりました?じゃあ、ここから!」なんて、展示を遡って(!)ガイドしてくれたりする。
    風を気ままにデザインできる扇風機、レシピづくり魂をくすぐる調理システム、、、。
    それぞれのプロトタイプの意図の解説に、ゼミ生から口々に「PDU」が出てくる。
    「あれ?これはDかな」「ああ、Dが2階層になってるんだ!」とその場で適宜、自ら微調整されたりする。
    口々に「PDU」を使うけど、「丸呑み」してるわけでなく、批判的(クリティカル)な発言も出ることに健康さを感じた。

    修士1年大内さんのプロトタイプ「Skechtalk」。どのようにリリースされるのだろう?

    個人的には、グラレコをVR化した展示がツボ。いや、これ、そろそろあってもいいんじゃない?

    *7:
    中野駅に到着するや佐藤先生に声かけられ立ち食い寿司に。
    講演のあいまは上平先生、富田先生とPDUを肴に「自分たち事のデザイン」立ち話。
    そして中野ブロードウエイでごほうびマミタス。行ってみるもんだよ、東京!

    なぜこれが800円??春の味覚、しらす。
    ごほうびマミタス。ありがとマミタス。
  • 春の鈍器。…20190302sat.@Xデザイン学校大阪分校 公開講座

    春の鈍器。…20190302sat.@Xデザイン学校大阪分校 公開講座

    春である。心がざわつく。

    3月2日(土)、4年連続となろうか?
    この時期、大阪で開かれるデザイン公開講座(*1)に行ってきた。

    毎度、「殴られる」ことを予測しながら行く。

    会場はyahoo! グランフロントオフィス

    身構えちゃいけない。自然体で、受けてたとう。
    ―それこそが、おそらく、もっともダメージが少なく、レジリエンスをもって、成長に繋がるはず。―

    そしたら、案の定。いや、案の上。
    想定を上回る、ダメージを受けた。

    いや、ダメージと言っていいのか?ドスン、とボディーに効く「ゆさぶり」、である。

    重いやつ。「鈍器」である。

    *  *  *

    今年のテーマは
    「ビジネスとこれからのデザイン」。

    、、、いや、普通やん。(と、思うでしょ?)

    しかし、基調講演2本(*2)の間に、どんどんおなかのあたりがぐらぐらしていく(*3)。

    このあと重い鈍器が見舞われる

    今、取り組んでいることの激烈な新陳代謝を感じる。
    自分がうんうん取り組みながら、漠と感じていたことをあっさり視覚化・構造化されちゃったりする。
    古い、と一蹴され、「その次」が強烈につきつけられたりする。

    「知識」だけなら、スマホで得られる。

    この場には、「リアル」がある。「デザイン」がある。
    それを多面的に咀嚼し、刺激しあうコミュニティ(メンバー)がいる。

    コーヒーとスイーツで脳に活を入れながらワーク

    *  *  *

    この公開講座で、取り分け「好きな」時間がある。
    、、、ということに、気が付いた。

    お2人の講師の講演のあと、参加メンバーによるグループワークがあり、
    班ごとにいくつかのテーマに分かれて議論した、「取って出し」の知見や気付き、提案を発表しあう、のだが、、、

    テーマごとにその場でグループ編成
    私は「人間中心」を問い直す班に
    発表ギリギリまでメンバーで絞り出す

    「初めまして」のメンバーで、10~20分?話したところで、
    「提案」にまでいたる班は少ない。
    ナマナマしい気付きや迷い、問いのタネ、みたいなところ、
    ひとまず、「今、今の今」の考えを吐露するしか、ない。

    緊張の瞬間である。

    それを聞いた講師のお2人も、
    それぞれの「今、今の今」で、反応するしか、ないのだ。

    *  *  *

    縦横無尽にコメントが講師より返される。テンポよい反応。
    一方で、講師がコメントに入る一瞬、「ため」があったりする。(*4)

    班ごとに発表。そうきたか!とたがいの発表から刺激を受けつつ、講師からのコメントにドキドキ。

    この「ため」を経て、放たれる一声。
    ここには、なんらかの「誰も知らなかった、一期一会の、新しいこと」が含まれている。

    この時間が「好き」なんだな、私。

    *  *  *

    自らをアップデートするために。
    どんどん捨てろ、と浅野先生。
    浅野先生、森田先生から、ご自身のリアルにおける、ドラスティックな捨てっぷりが鮮やかに示される。

    ぐさり。

    自分自身の変化を1年に1度、定点観測する場。
    はたして私はどれだけ捨てたのか?

    鈍器がボディーに効いている。

    37階からのながめ。身体を風が抜ける。

     

    ■補足

    *1:
    この講座の本体は、ほぼ1年に渡る連続講座であり、「Xデザイン<学校>」と言う。
    (私が参加したのは年に1度の公開講座。)
    今回参加させていただき、2018年度の受講生のみなさんの発表(ライトニングトーク)をお聴きしたり、
    何人かのかたがたとお話しする中で、「学校」という言葉に納得。
    講座の「回数」という単純な話しではなく、リアルのスクーリングの時間「以外」も、深く各々の変化に作用している。
    背景の異なる人どうし、リアルとネットを介して継続的に、互いに学び合える場であるのだな、と感じた。

    ▼Xデザイン学校 公式HP
    https://www.xdesign-lab.com/

    *2:
    基調講演
    「企業で活かすUX」(佐藤啓一郎氏)
    「ゲームチェンジとサービスデザイン」(浅野 智氏)

    *3:
    参加のY先生と雑談。
    「今年の変化はヤバイ!」と。(私だけの感触ではなかった!)
    毎年、ヤバイ、と思わされる。
    が、ほんとうに、その変化の差分が、今年はヤバかった。、、、あかん、ヤバイ。汗。

    HCD、UX、デザイン思考も捨てる対象?

    *4:
    「ため」のひとつに、「人間中心」を捉え直す、というシーンがあった。
    たとえば<人間性>の角度から?
    捉え直しの近道は、捨てること。

  • 最強、かもしれない“アン”パーティーに参加した話し。…20180505sat.@POF・ネオミュージアム,吉野

    最強、かもしれない“アン”パーティーに参加した話し。…20180505sat.@POF・ネオミュージアム,吉野

    「最強」、という言葉が飛び出した。
    POF~Party of the Future~でのことである。

    5月4日(金・祝)5日(土・祝)、緑燦めく奈良県吉野の「ネオミュージアム」で開かれたパーティーには、全国から百数十名(!)が参加していた。
    「プレイフル・ラーニング」「プレイフル・シンキング」の提唱者、上田信行先生が主催。同志社女子大学上田ゼミの学生さんたち、GBこと、ガールズメディアバンドのみなさんが企画、プロデュースしたものである。

    「パーティーに参加してきました」と聞いて、このPOF独特の、ワークショップのプレイフルな「るつぼ」状態を、想像できる人はいないだろう。うーーーん。少々説明に窮する。

    Party of the Future、というのは上田先生がパーティーを開始されて以来30年近く変わらぬコンセプト(*1)。
    今年は「THE NEXT」とのテーマが冠された。

    カラフルなパーティー会場は時々刻々変化する。

    2日間連続、お泊まり合宿が基本であるが、私は2日目のみの日帰り参加。
    企画者にしてみればイレギュラーな参加方法であったろう。
    途中参加ながら、次々と展開され形を変えていく生きもの、のようなパーティーを、実にワクワクドキドキと楽しむことができた。

    *  *  *

    POFの企画をGBのみなさんが担うようになって今年で7年目。上田ゼミの7期(4年生)を中心に、8期(3年生)が準備(*2)。GBの歴代OG(卒業生)たちもゲストとして参加している。
    私は昨年に続き2度目の参加であるが、毎年参加の人もいる。そもそも、この参加者たち(ゲスト)が、それぞれにタダモノではない。

    そんな中、パーティーのクロージングにて、「最強のPOFにしましょう!」との言葉が、進行役のGBから飛び出していた(*3)。

    おおっ!強気!
    しかし、言いたくなる。
    それほどのパーティーだった。

    テーマは「THE NEXT」。
    さらに、「アンカンファレンス」。
    これのパーティー版、ということで、「アンパーティー」だった。

    *  *  *

    「アンパーティー」。
    つまり、パーティーの枠組をほどいている。
    もてなす側ともてなされる側がひっくり返ったりする。

    具体的には、こうだ。

    1日め、いくつかの用意されたお題をもとに、パーティーの「具」である「ワークショップ」をつくるメンバーを募集する。
    参加者(ゲスト)は、それぞれに心惹かれたお題に集まる形で、全員、どこかのチームに入る。
    お題は「レゴ」だったり「ファッション」だったり「プレゼント」だったり。数人がチームを組み、2日めのパーティーの演目たるワークショップをつくるのだ。
    (ワークショップをつくるワークショップを行うのだ。)

    ゲストが考えたワークが次々展開されていく。小道具や環境、料理やお茶などすべてがシカケとなる。(cubeの写真はMさんより。いつもありがとう~!)

    2日めは、10個ほどできあがったプログラムが、次々に開催されていく。
    1日を4コマほどに分け、一つの時間枠内に、2~3のプログラムが同時進行にて展開される。
    POFの(初日からの)参加者は、自身がワークショップや演目の提供者になる時間帯が必ずある。その時間帯以外は、他チームの提供プログラムの参加者になる。
    もてなす人ももてなされる人も、参加者、つまりPOFのゲストなのだ。(ややこしいな。)

    *  *  *

    想像してみてほしい。

    「はじめまして」で顔を合わせたゲストたちが、数時間の準備ワークショップを経て、実際にプログラムを提供するのだ。
    時間通りに収まるのか?会場の動線は?備品は?アナウンスはどうするのか??しかも2日めから参加するヤツ(←私)もいるぞ?流れに吸収できるのか?

    、、、というワクワクとハラハラの中で、鮮やかにプログラムが展開されていく。

    目の前でプログラムが書きえられていく。

    タイムテーブルは、時々刻々と変化する。状況に応じ、「じゃあ、●●ワークショップは繰り上げて、ティータイムから平行して進行しましょう!」などと、その場で組み替えられ、ちゃちゃっと表にされプロジェクタで壁面に投影、即時にシェアされる。
    2日目から参加の私は、目の前でリアルタイムで展開される仕組みと構造が見えてくるにつれ、、、びっくらこいた。(としか言いようがない、マジで。)

    *  *  *

    「当日つくったプログラム」が「複数同時に」「パラレル」に進行する。
    参加者は、どのプログラムに参加するのもアップトゥーユー。つまり、1人1人が、ネオミュージアムという同じ場を共有しながら、選んだ組み合わせにより、異なる道筋のストーリーを体験する。
    この、先の見えないワクワク感。
    もてなしのベクトルが一方向でないことから、会場のあらゆるところで、あらゆる時間帯が、中心(ワクワクの震源地)になる。
    人々の興味関心の中心、熱量の「だんご」の中心が、複数、同時に波を打って生成され変化するのだ。会場全体が生きもの。

    この状況、これはヘタしたらチカチカと文化祭的に散漫になるだろう。もちろん、ヘタはしない。

    ベースとなる「でっかいデザイン」がなされている。
    用意されたツール(小道具)やお題、キーワードや音楽、空間が、大きな物語を紡ぐ要素として用意されている(=企てられている)ので、散漫にはならないのだ。
    そう。ゲストがパーティーづくりを楽しみ、もてなし、もてなされている間に、GBたちは、この「でっかい器」をつくり続け、こわし続け、企て続けていたのだ。
    うーーーむ。スゲイな、GB!

    ビジュアルにして共有。手慣れたもんだ。

    *  *  *

    パーティーのクロージング、GBたちが今年のPOFの「メイキング動画」を流し、メイキングの種明かしをしてくれた。
    種明かしって、ともすれば興ざめになったりするよね?
    心配ご無用。種が銀河の星の数よりたくさんあるから、少々明かしたところで謎は尽きない。

    GBの本領発揮!?歌とダンスは、もちろん、本気度MAX。

    彼女たちは、準備に5ヶ月を費やした、という。
    POFのみならず、彼女たちには、毎月のように「舞台」がある。(学内外で、ワークショップ企画開催のお声がかかるのだ。)
    これらと平行しながら、POFに5ヶ月をかけ、その間、「つくって、ためして、こわして」を延々と繰り返した、という。

    当日の臨機応変度。ハプニングも「コミ」で、どこを切っても、GBの誰にどのタイミングで誰から何を聞いても、金太郎飴のように、「POF」がカラフルに「自分の言葉で」出てくるようにするには?100何十人のゲストの「るつぼ」を回し続けるには?

    小さなチームとするのもコツだという。

    仕込みの「深さ」「奥行き」がマリアナ海溝級に必要であることは想像に難くない。
    5ヶ月をかけて自律的に深掘りできる(深掘りしたくなる)ほどのテーマであることも、重要だろう。

    *  *  *

    マジカルなパーティーに心地よく翻弄されたクロージングで、飛び出した「最強」との言葉。
    去年よりおもしろくないと「今年もおもしろいですね」とは言われない。
    うん。
    一票。

    もうひとつ、GBたちの、印象深かった言葉がある。
    彼女たちGBは、パーティーを「デザイン」した、と言っていた。何度も出てきたワードである。実に自然に、身に付いた言葉に聞こえた。
    きっと、5ヶ月間、何度も「つくって、ためして、こわして」たんだろう。
    チャーミングなデザインだった。敬礼。

    参加者全員おそろのTシャツ。全員で「景色」をつくった。

     

     

    ■追記

    ・その1:
    ゲストが即興でつくったワークショップは、どれも半端ないクオリティだった。ツワモノたちが参加していることが大きい。そして、ツワモノたちを「本気」にさせる、お題が設定されていた。本気で創り、本気で遊ぶ。それに条件(制限)があり、テーマがある。読めないハプニング要素がある。、、、そりゃー、たまらんやろ。

    ・その2:
    POF名物?クロージングでは2日間の取り組みの様子が、動画に編集され流される。このクオリティーが超絶、トリハダ。神戸芸術工科大学の学生さんが、2日間カメラを回し、編集ルームにおこもりし、クロージングに間に合わせ上映するのだ。、、、が、ただの記録の域をはるかかなたに超えている。アーティスティックで、会場から歓声があがる。今年は3本上映され、うち1本はGBがつくった(!)、という。ぜひYouTubeにあげてほしい~!

    ・その3:
    、、、と思っていたら、dropboxに動画が1本アップされていました。作者である岩崎和樹さんの許可を得て、アドレスをこちらでご紹介いたします。、、、マジ、超絶クオリティー。「その場で」上映されたんですよ?3分があっちゅーま。ぜひ、ご覧ください、、、!

    pof2018.m4v by 岩崎和樹氏@神戸芸術工科大学↓こちら
    https://www.dropbox.com/s/3rxbig60qhrg68t/%E5%8B%95%E7%94%BB%202018-05-05%2016%2035%2047.m4v?dl=0

     

    ■補足

    *1:
    パーティーについての上田先生による記述。「人をプレイフルにする空間として僕が注目するのが、『パーティー』である。パーティーといっても、単に華やかな場所というだけでなく、そこには人と人との出会いがあり、プレイフルな活動や会話を通して、新しいアイデアや考え、思想が生まれる場所としてのパーティー、プレイフルな場の進化系としてのパーティーである。」…「プレイフル・シンキング 仕事を楽しくする思考法」宣伝会議より

    上田先生と。どや!

    *2:
    企画プロデュースをした7期(4年生)、8期(3年生)に加え、2年生も参加していた。2年の彼女たちはゼミ生ではないが、上田先生の授業の中で力いっぱいダンスを踊っていた学年だ。先輩たちがつくるパーティーを経験できるって大きい。上田先生言うところの「憧れの最近接領域」に出会う瞬間だ。キラキラの遺伝子を受け継ぎ、また来年も再来年も「今年が最強!」と言っちゃってほしい。

    2017年、当時の3年生(現4年生)と1年生(現2年生)の授業を見学させていただきました。
    ↓こちら(ブログにまとめてます)
    https://mlog.link-cd.jp/20170716-275.html

    *3:
    「最強のPOFです!」と言い切っていたかも?言い回しは定かでないが、「最強」と2回は聞いたぞ。(笑)

  • 春の講座でAmbitionに出会った話し。・・・20180324sat.@Xデザイン公開講座・yahoo!大阪

    春の講座でAmbitionに出会った話し。・・・20180324sat.@Xデザイン公開講座・yahoo!大阪

    今年で3回目、3年連続でこの回に参加している。
    さすがにある程度落ち着いて受講できるだろう、と思っていた。
    、、、が、軽々と裏切られた。
    Xデザイン学校の公開講座(*1)である。

    今年はヤフー大阪が会場

    *  *  *

    「2017年は激変の年だったよね~。君たち、ちゃんと経験した?」
    この言葉に続き、講師の浅野先生から、次々に、世界の変化の深い潮流と、それがクレバスのように口を開けてバックリと目の前に表出している数々の「証拠写真」を示される。
    いきなり、側頭部を鈍器(141徳ナイフ)でぶん殴られて講座は始まる。

    デザイナーは消えるかもしれない、との言葉は少しショックであった。
    無類の「デザイン好き」の私である。が、「少し」、である。さほどのショックではない。
    デザイン、という職能、というか、働き、というか、ふるまい、というか。
    それが、「特定の人に特化されたものではなくなる」という意味なら、そうだろうな、という気は、どこかでずっとしている。
    自分も、むしろそれに積極的に荷担している、、、方に入っている、のではないか。

    テーマは「IoT時代のUX/サービスデザイン概論」、講師は浅野智先生

    「総力戦の時代」。デザイナーも一員として、さまざまな職能・専門性・個性・特技・興味関心を持つ人々が、チームでデザインシンキングにあたる。
    うん。
    そう思う。実に面白そうである。
    すでにスタンフォードなどでは、特定の領域に限らず、すべての研究室が同じテーマに取り組む、という。
    (ここらあたり、耳で聞いているので、若干間違っているかも、だが。)
    京大デザインスクールのサマースクールなんかは、目指すところ、それに近いのだろうか。
    あるいは、工繊大の1年生の(ほぼ)全員、144名が受けた「リーダーシップ基礎演習」なんかもそれに近そうだ。(2017年春、彼らは入学すると同時に地方都市の活性化をテーマに領域横断で取り組んだ。機械工学を学びに来た1年生なんか、「なんで?」と戸惑ったことだろう。)

    *  *  *

    ここで、気になるのが「インサイト」である。
    講師の浅野先生の例示は、なるほど!と思った。
    私が自分の経験に照らし合わせても、「これだ!(ユリイカ!)」の瞬間はある。
    けど、この瞬間って、どのように総力戦のチームで「共有(納得・合意)」できるのだろう?
    自分でも、「そうだ」と思っても、説明しようがない。
    「あるよね?」として、「ある!(キラキラ!)」という反響でしか確認ができない。
    (『キラキラ度』でしか鑑定不能と思う。今のところ。)

    インサイトは、誰も(本人も)言語化したことのない本質的な価値、欲求である。
    目の前に取り出されてみて初めて、「ああ!これだったのだ!」と、納得と、ある種の胸をすく快感が〈電撃的に〉走る。
    (いずれMRIとかで、電撃の強度で実証されるのだろうか?笑)

    インサイトは「全員に共通するもの」が必ずある、という。
    「全員」だよ?

    インサイトは「不連続」である。
    必ずしも「こうすれば得られる」というものではない。
    「参与観察」、この「参与」に希望があるような気がする、との投げかけをわがチームから発してみた。すると、好奇心を持って枠に収まらずに様々な経験を幅広くせよ、それを身を以て味わえ、と、浅野先生。「人生をどうやって過ごしているか(*2)、くらいの話し!」(言葉遣いは違ったかも、だが。「Boys, be ambitious !」に聞こえたのは私だけ?)

    受講生どうし、グループワークにてディスカッションし、発表。(グループの進行と発表はM先生。)

    思えば、哲学、というキーワードも出ていた。

    インサイトを得るには、哲学を持って行動し、その瞬間を待て、ということ?
    不連続だからこそ、「人」の存在価値がある??
    この不連続(ジャンプ)、そろそろ「アート」の出番なのか???

    、、、と、あれこれ反芻してみて、希望(と やらなあかんこと)がザクザクと湧いてきた、春の一日である。

    グランフロントのタワー37階、ヤフー大阪さんの会場から

     

    ■追記

    目の前に座った学生さん(4月から3年になるという理工学部系女子)と、あれこれお話しした。(おもしろかった!)「美術系の大学でデザインをときどき教えている」と伝えると、「え、芸術大学で!デザインって、やるんですか!?」と、盛大に驚かれた。、、、、、うーーーーむ。正しい。そして、新しい。なんだか愉快である。

    ■補足
    *1
    Xデザイン学校大阪分校公開講座。連続講座である本編開講前の公開講座(導入にあたる「概論」とされている。が、みっちり、濃い。)に参加させてもらったのは今年で3年目。「毎年同じことしゃべるよ?」と言われたが、ぜんぜん違った。その違いにぶん殴られた。4月から始まる「コミュニティデザイン概論」をどのようにブラッシュアップするか、脳みそが動き出している。年度の変わり目にガツンと効く、自分を点検できる「定点観測」ポイント。
    https://peatix.com/event/351114

    *2
    これはまさに、セミナー冒頭の、浅野先生自身による「実録・実写」の「世界の変化の切り口」の画像の数々に繋がる。
    ↓浅野先生の当日のブログはこちら「経験デザイン研究所」
    http://asanoken.jugem.jp/?eid=4104